【日常】尊敬しあえる職場と人事評価

よく雰囲気のよい職場、同僚が尊敬しあっている…などをアピールしている企業があります。
社長やある特定の上司を崇めている、といった例は今回は論外としますが、例として多いのは、営業成績が伸びれば皆で祝うなどがあるようですが、私は否定しませんが、昨今では何かちょっと違うと違和感を覚えます。

上記の例で言えば、営業成績を挙げた社員は尊敬されるかもしれませんが、そうではなかった社員はどのような気持ちを持つでしょうか。

話は少しそれますが、人事評価でのとある出来事の話をします。
・Aさんは新しい仕事を多数覚え、比較的成長の見られる1年でした。
・Bさんは仕事をそつなくこなし、ミスもなかったのですが成長に伸び悩んだ1年でした。
(Aさん、Bさんは同部署で同じ職位です)
上記の場合、上司の評価のつけ方として以下の2パターンがあるとします。
①Aさんを基準で評価した場合、Bさんの評価は当然ながら下げられてしまいます。
②Bさんを基準とした場合、Aさんには優秀な評価が与えられます。
穿った見方をすると、上司の評価として①を選択した場合、Bさんには納得のいかない部分が出て、Bさんはその職場を離れることを考え出すかもしれません。
一方で②の評価をした場合、Aさんは評価を認められたと実感して、Bさんは今よりもっと成長しようと奮起するかもしれません。
無論、企業である以上、売上げなどにより賞与の原資も変わってくるので①②それぞれの考え方があります。
また、多くの企業では部署ごとに貢献具合で部署に賞与の原資を分配して、社員の評価ごとに給与に反映するところもあるのではないでしょうか。

昔の学校などでは相対評価があり通信簿で誰が5で、誰が1にしなければならない…などがあったようですが、企業はそうではありません。
にもかかわらず、相対評価的な考え方で評価する上司がいる場合、上記の例での①が続く負の連鎖が発生することが多いのではないかと思えます。

話を戻しますが、営業成績のよい社員が尊敬される…とする企業はこれが当たり前のように見える反面、苦汁を飲んでいる社員がいるかもしれない社員が裏には隠れている可能性も孕んでいます。

上司も人間だから仕方ないとは言いますが、私は一局面での尊敬という雰囲気のある職場にはこのような危機感を覚えてしまいます。

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