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【精神疾患】無力だという思いにさいなまれたとき

 よく、自分は何もできなかった、あの時こうしてればよかった…などの後悔の念は、人間である以上、抱くことは少なからずあると思います。 これは心配性といわれる人ほど多く、後悔の念というものを抱く傾向があるようで、この念が大きく、あまりにも多いと不安障害などの精神疾患となるような場合もあるそうです。 また、これらの方々には多くの共通点もあるようで、自身よりも他人を優先し、細かい気配り、細かく分析して考えを巡らせる…などの性格もあるようです。 しかしながら、これらの性格は決してマイナスではありません。 自分よりも他人を優先するのは自己犠牲の精神のあらわれだと思いますし、細かい気配りができるというのは社会生活の上でも周囲にとってのプラスとなる場面も多く、分析力があれば見落としやミスに人一倍気づきやすく研究などのスキルにも活かせることがあるでしょう。 それでもこれが精神疾患の方向へ進んでしまうと、これが自身を見失うことにもならないのです。 例えば、自分はどうなってもよいが、配偶者や両親や子供、祖父母などの家族が窮地に対面する場面などに遭遇してしまうと、人一倍考え込んでしまい、不安にさいなまれ、結局自分は何もできないと、自己嫌悪のサイクルに落ち入ってしまうこともあるのです。 確かに人を思う心は大切なものだし、なくてはならないものだと思いますが、精神疾患治療の場面ではまずは自分、他人はあくまで二の次くらいに考えないとならないこともあるのです。 あなたの人生はあなただけのもので、他人にとって変わることはできませんが、考えを少し変えて、あくまで自分の人生という一つの念の中に、多くの他人が関わっているのだと、考え方の順番を変えるだけでも少しだけ楽な生き方ができると思いませんか? もしかしたらあなたの心配は、それ以上に考えている他人もいるかもしれない…それで社会活動は回っていると考えれば、心配や不安の一つ一つがもう少し小さなものに思えるかもしれません。 心配や不安を感じるなとは言いませんが、少しだけ目線を変えてみるのも一つの考え方だと思ってみるのも、これ幸いだと思います。 #無力 #心配性 #不安障害

【精神疾患】知ることと休む習慣を身につけよう

 誰だって疲れて思い切り休みたいということはあるでしょう。 しかしながら思うように休めない環境に置かれている方も多いと思います 精神疾患を抱えた方の場合、このタイミングと休める環境をつくることが治療の第一歩としてとても重要になります。 例えばある日、どうしても動きたくない(動けない)と思った日があったとします。 1日や2日なら、学校や仕事を休むことで解決できるかもしれません。 しかしこのようになりつつも、休めないような環境が半年間くらい続けばどうでしょうか? だんだんと感情のコントロールができず、怒りっぽくなったり、急に訳もわからず涙を流すような人も出てくるそうです。 そうなると体がサインを出してきている状況ともなってしまい、終いには昼夜決まった時間の寝起きができず、家から一歩も出れなくなるようにもなるそうです。 これには、いかにこのような状況に早く気づけるかも重要なキーポイントであり、気づくのが早ければ早いほど治療も早く済みますし、寛解までの道のりも長くはならないことが多いようです。 ですから、精神疾患の兆しとも言えるサインが出始めたら、とにかくすぐにでも必ずや「休む」ということが言われているのです。 一見遠回りとも思える休む行為で、どう休めばと思う方々もいるようですが、本当に横になって寝ているだけでもいいんです。 時間の無駄だと思う人もいるかもしれませんが、これが必要なことなのです。 そんな中でも、家族の心配や、経済面での収入の途絶える心配なども認めて頭をよぎることがあるかもしれませんが、こういった心配や不安を先延ばしにしてでも休むべきだと考えます。 こういったことは、国や市町村の制度で後から助けられることも少なからずありますし、何よりストレスを抱えていては身体的に休んでいても精神的には休めていないからです。 だから、可能であれば実家や近しい親類の家に身を寄せて休むということも一つの手段だと思います。 自分の状態を知って休む、そして休んだ上で自分というものを知るということが、まわり回って自身にとって一番よい結果が得られるのかもしれません。 今の世の中のスピードは早いと感じるかもしれませんが、急がばまわれの精神でのりきりたいものです。 #精神疾患 #休む #寝る #知る

【精神疾患】予兆を正しく知る

 精神疾患は現代病としても一昔前より多くの人に認知されてきましたが、現状でも多くの方々が休職や精神障害者認定を受けている方々が増えている側面もあります。 では、実際に少しでも精神疾患を防ぐための手だては何かあるのでしょうか。 私の経験からすると、予兆を正しく、そしていち早く知ることなのだと思っています。 私の場合も含めて多くの場合は、体調不良で通勤できない、頭痛や腹痛で動けない…など、これらが心療内科への通院や、病欠や休職のきっかけになると思われます。 ですが同時に、この状態は既に精神疾患に罹患していることも意味します。 既に精神的な疲弊に加え、身体的な症状までも表面化してしまっているからです。 どうすれば自衛できるのか、よく時間外労働などのストレスを避けるなどの一例が言われていますが、残業の少ない職場でも発症する人はいます。 残業なしを唱っている会社でも、明らかに定時内で終わらない業務量だったり、常に緊張を強いられる職場環境で、誰とも話せないような働き方ではこれも大きなストレスとなります。 実はこのような点がまずは知っていただきたい予兆のポイントです。 このような状態が続くと、知らずのうちに苦手意識が生まれ、さらにこれが続くと気力が徐々になくなってきます。 私はこのような状態になったあと、なぜだか日々、焦燥感のような状態が出てきてしまい、不眠へと繋がっていきました。 私はこのようになってからのメンタルクリニックへの通院となってしまいましたが、これからその可能性がありそうな方はぜひ上記のポイントでの気づきを注意していただければと思います。 通院後は色々と対処法も知ることができ、自分でこのように考えていこうと思うことはできますが、私の場合は上司の対人関係もあり、会社へ上司のこういった点を改善していただきたいと訴え、実際に人としての接し方は改善されたものの、仕事に対しての丸投げの姿勢は変わらなかったため、休職 → 退職に至りました。 私は精神疾患への気づきも遅く、自分で環境を変えていこうと動いた部分はありましたが、一番変わらなくてはならないのは、自分ではなく、周りなのだと思います。 周りの環境や接し方が柔軟であれば、気づきも早く、休職してもすぐの復帰ができたのかもしれません。 もしかしたら、身体的な症状が出る前に気づいて、長きに渡る通院も避けられる結果もあったの...

【精神疾患】泣いてまで拝み倒すのは愚かな行為?

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なりふり構わず、どうしても目的を達成したいとき…誰しもがあることだと思います。 しかしながら親しき仲にも礼儀あり、というように、時にはある種の迷惑を他人へ被ってしまうこともあるでしょう。 人間社会である以上、こういったジレンマは常にあるのですが、精神疾患経験者の場合、このような状況を一番恐れる場合があるのです。 例えば迷惑と思うことでも、友人などの場合には手助けをしてくれる人もいるでしょう。 精神状態が不安にある場合は、これを過剰に意識してしまい、迷惑と思わず求める場合があるのです。 また、満員電車等をイメージしてみてください。 満員電車が苦手とかパニックを起こす人というのは、距離感をうまくつかめず、ちょっとした接触でも迷惑をかけたと思い込んでしまい、時には泣き崩れてしまうこともあるのです。 では、このような方々と接する場合はどうすればよいのか… たとえ泣きつかれても冷静に接してあげることです。 泣きついているのに無理に静かにしろといなすのではなく、相手が何を不安に思っているのか…余裕があれば考えてみてください。 それはその人の尊厳やプライドなのかもしれないし、親しき人の場合には、友情を失うことを恐れているのかもしれないのです。 だから、普通のことではないと恐れることもありません。 とにかく不安でいっぱいな気持ちが、人に泣きつくような感情で出てきているだけなのです。 中には愚かな様とか、あるいは気違いのような目で見る人もいると思います。 客観的に見れば、同じ人間ではありますが、気持ちの表現が全く違うように見えてしまいますから。 でも人間の社会ではこういった事象を理解するということもできるはずです。 確かに今の世の中、世知辛いことも多いと思いますが、人を思い、理解する気持ちがあれば少しは変わるのかな…とも思います。 #不安障害 #パニック障害 #満員電車

【精神疾患】コロナ禍での精神不安状態について

以前にも私事でこの時代における、先立つものがないための不安等を書かせていただきましたが、他の方々からもかなりこのようなお話を聞きましたので、改めて書かせていただこうと思いました。 コロナ禍で仕事の減った方、失業された方…日々のニュース報道などでも目にすることがあるかと思いますが、私の肌感覚では思ったより多く、精神疾患を抱えて来ている方々も出てきている現実があると思いました。 テレワークに対応できていればいい方で、中には自宅待機で給与も十分の一ほど。 失業された方にあたっては、雇用保険の給付手続きが精一杯でこの数ヵ月は次の仕事につなげられずブランク期間が発生している方も多いようです。 しかしこれらの方々にも健康保険や国民年金の支払いはイヤが応にも発生し、不安が募っているようです。 一部の報道でこれらの納付率が改善されたとのデータもあるようですが、これには免除や納付猶予措置を活用された方も含まれているようです。 更には昨今、就職氷河期世代への支援策も取沙汰されていますが、企業側の活用はほんの一部に止まり、この世代の再就職や、重要なポストに就けないなどの問題は引き続いていると思われます。 これは話が少しそれますが、今までの企業は新卒、若手の採用にばかり力を入れ、この就職氷河期世代への成長するための育成や、成功体験をおざなりにした結果、「5080」や「6090」などの引きこもり問題を生み出した功罪の側面があったと指摘する方もいます。 ですから、特にこの世代の方々に精神疾患が広がっているようです。 話を戻しますが、コロナ禍で先頃、我々は命を守るための自粛生活と言うものを余儀なくされました。 今は経済への建て直しへとシフトしてきているものの、上記で書いてきたような、あまりにも大きな犠牲は未だに解消される兆しが見えてこないと言う声をよく耳にします。 アベノマスクと10万円の特別給付金、これだけでは全く生活の見通しがたたないと言う人もいます。 このような精神状態が続くので、本当に精神疾患になりかけている方が多くなってきています。 第2弾、第3弾と施策を確実にしていただき、雇用を守る社内を目指していただきたいと思います。 #コロナ禍 #テレワーク #失業 #就職氷河期世代

【精神疾患】どうしていいか分からず体調を崩していました…

結論から述べます。 コロナ禍の影響で仕事量が激減したことにより、収入をはじめ先立つものが無くなってきまして、しばらくの間、体調を崩していました。  このような状況になりかけの頃は、テレワーク導入の相談や、これに関わる人事コンサルティング的な業務が一時的に入ってきてはいたのですが、大手企業もこぞって在宅のリモートワークを推進したことにより、テレワークが当たり前の環境が私の目の前にも出来上がっていきました。 実はこのようになってきて、我々フリーランスへ仕事がまわって来なくなった実情もあります。 リモートワークで自社の社員でできれば我々のような在宅ワーカーを入れなくても、その企業内で完結できる業務が出てきます。 また、テレワークでの生産性の向上により、本来私たちでお助けさせていただいたお仕事が発生しなくなるわけで… まあ、顧客としての企業を考えた場合は生産性の向上はプラスなのですが…実態は我々にマイナスな部分もありました。 正直、このような類いの仕事を中心に受持っていた私の見通しが甘かったと言えばそうなのですが… 結局今では、仕事を探しながらタスクやコンペをこなす、フリーランサー担った当初のノマドワーカーのような仕事を探してこなしての繰返しの日々です。 当然ながらこのような状態では、先々の心配も増えてきて、精神衛生上よくない状態の日々が続いてしまい、気疲れや焦燥感に体が蝕まれ、今の状態となっているわけです。 正直、私のような状況だと、国の制度による給付対象になかなか当てはまらないので、方々に助けを求めるようになるのも時間の問題だと思い、今回は久々に書き記させていただきました。 最後に言います。 フリーランスは全て自己責任です。 様々なしがらみを嫌がった私の選択は今も間違っていたとは思っていませんが、このような状況下でもやはりフリーランスも苦しくなるときはあるのだと実感しました。 いつかはフリーランサーとしての仕事も回復してくるのかもしれませんが、ただただ待つ、今のこの状況が辛いのも事実なのです。 #フリーランス #テレワーク #リモートワーク #メンヘラ

【精神疾患】非常事態と雇用状況

例えばですが、今世のような非常事態と呼べるご時世の中、精神障害者の方々の雇用状況にも少なからず変化が起きています。 内定の取り消しや、非正規での雇い止めは、健常者のそれと同等かそれ以上にはあるのですが、雇用の本質である収入減の事例が続々と出ているのです。 建前かもしれませんが、ある程度の規模の企業は、一定割合で障害者を雇用しなければならないこととなっています。 しかしながら、この障害者というのも精神障害者も身体障害者も含まれています。 中には昨今でのパラリンピックを見据えて障害者アスリートを雇用した企業も多いと聞きます。 彼らのほとんどは、正社員であっても時短勤務や時間給で勤めている方々も多いです。 ですから、現状のような事態となると、更なる時短勤務か、無給での自宅待機や出勤停止を命じられているケースが増えてきているようです。 雇用は維持されているので、欧米で言うレイオフのような状態なのですが、まだこれらは表面化されていないようにも見えます。 経済活動で問題が起きても、表面的に見えるのは、やはり普通と言われる社員のことで、どうしても障害者の問題は表面化することはなく、報道される機会も少ないので、知る機会は非常に少ないでしょう。 でも、こんな現実も確かにあるのだと、まずは知っていただければ幸いと思い、今回は閉めさせていただきます。

【精神疾患】治療とリハビリ

昨今の新型コロナウイルスの影響で、仕事上の影響もあり、久々の記事更新です。 永らく、様々な角度でメンタルクリニックや心療内科を見てきた中で、社会復帰のためにリハビリを必要とする患者さんも少なくありません。 しかしながら現実、これには壁があるのも事実です。 実はこのリハビリという行為は、治療の段階で行うことができません。 外科や内科もそうなのですが、治療の終了をもって、精神疾患においては、寛解という状態で初めて開始することができるものなのです。 この話だけ書いてみると当然ながらそうなのですが、問題は患者さんの抱える疾患が複数ある場合などです。 少なくとも、いや、ほとんどのケースでこれらの患者さんはリハビリの施設などから断られる場合があるのです。 例えば、精神疾患は寛解しているのですが、同時に内臓疾患を治療中の患者さんがいたとします。 この患者さんが内臓疾患の治療を続けながら、精神疾患からの社会復帰のためのリハビリをしたいと思っても、かなり狭き門なのです。 これが、高齢者の場合は更になおさらです。 話が少しずれてはくるのですが、寝たきりの高齢者が増加傾向にある一因にこれが関連しているのではないかという話も耳にするくらいです。 本来のリハビリは、身体機能を以前の状態に戻したり、一定の社会生活をできるようにするためのものなのだと思うのですが、現実は医療との連携がうまくできておらず、管理しやすいようにして予後を見守るだけだったり、また他の責任を負うのを恐れるがあまり、手をさしのべられない方々が多くいるのも実態なのです。 平等に社会復帰の得られるチャンスのある仕組みがあれば、それこそ社会で活躍できる方も増えますし、極端な話、救える命も多くあるはずです。 リハビリは医療とは別ですよと言われてしまえば一蹴されてしまう話なのかもしれませんが、是非うまく仕組みをつくって、そんな世の中になってほしいと思うばかりでした。

【精神疾患】薬に頼らない治療法もあるの?

あくまで精神疾患の治療の第一歩は選択肢として、今々は薬による治療が第一選択肢となっていますが、まずはその前提としてのお話をさせていただければと思います。 これらは多くの場合、抗精神薬に始まり、抗不安薬などの安定剤や、睡眠導入剤などの睡眠薬と併用して服用することが多いのが現実でもあります。 また、漢方薬による治療方法も一部には浸透しているようですが、そもそもこれらの薬に頼るのに抵抗のある人もいるでしょう。 かくいう、私も当初はそのような考えでしたが、とにかく気持ちの部分も含めて休む、というためのあくまで補助的な立ち位置で薬を服用した過去もあります。 しかしながら服用を続けると利点ばかりでなく、マイナスな面も出てくることもあり…例えば依存により、薬を服用しないと気分切替のスイッチがうまくいかなくなったり、薬がないと寝られなくなったり…という方も少なからずいるそうです。 では服用薬に頼らない治療法もあるのでしょうか。 私の聞いた限りでは、ごくごく限られた場合に少ないケースで適用されることもあるそうです。 症状が軽度であったり、毎日の睡眠リズムが十分にとれている場合や、定期的なカウンセリングのみで劇的な症状の改善が期待できる場合など…であるそうです。 無論、精神疾患は多くの場合、ストレスに起因する場合が多いので、これらのストレスを抱え込まず、うまく解消できていることも前提としてあるでしょう。 実はここでも気を付けなければならない部分があるそうで、例えばタバコを吸えば気分が晴れたりする人や、お酒を飲めばストレスが解消されるといった人では、副次的な害として肺疾患や肝臓疾患などの別の疾患まで抱え込むリスクがあるためです。 喫煙や飲酒が、抗精神薬の代わりになってはなんの意味もないですからね。 …これらが、今のところの実情のようです。 精神疾患の分野はまだまだ症例研究の余地もあり、今後も様々な治療法が確立される可能性があると、罹患時に主治医から聞いたことがあります。 私もそう思っていますし、今後もひとりひとりの個々人にあった治療法が広く認知去れていくことを心より願っています。

【精神疾患】神経質はマイナスではない

私も性格柄、神経質だなあと自身で思うことがあります。 細かいことが気になったり、物事を大体~という感覚で終えることができなかったり…時にはガサツな人間に羨望の眼差しさえ向けたこともあります。 精神疾患になったときには、この性格を恨んだりした事も事実です。 しかし、考え方を変えてみると、この神経質というのは、マイナスな側面ばかりではないことにも気づかされます。 細かいことが気になるというのは、それだけ物事に対して注意深く見れるというスキルになりますし、常人とは違った視点で様々なことを思慮できる点でもプラスに働きます。 要はこれらを周囲が理解して、うまく立ち回れれば、これ幸いなのですが、理解ない人間が周囲にいると、これはとたんに壁となることもあります。 しかしながら、少なくとも私自身は人よりリスクヘッジできている人間だとは思っていますし、検証、検品、検閲…なども人よりは自信のある方だとも思っています。 このように、実はマイナスだと思っていることも、プラスとして転換してスキルのある能力として活かすことも、神経質だからこそできたものなのだなあ~…としみじみ思うこともあるのです。

【精神疾患】回復期にすべきこと?した方がよいこと?

精神疾患の治療が始まり、しばらくはとにかく休むことに集中、そして少しずつでも外に出歩けることができれば、いよいよ回復に向けてのリハビリというか、トレーニングを始める方が多いと思います。 私のケースでは、医師からは次の2つを提案されました。 ①毎朝決まった時間に起きて、決まった時間に外出~帰宅、毎晩決まった時間に寝る ②毎日でなくてもよいので、自身にとって良かった事、悪かった事を紙に書き出しておく 私の場合は①は特に実践しませんでした。 通勤が必要な会社員へ復職されることがある方には必要なのかもしれませんが、この回復期に入った私はこのとき既に会社の退職と、フリーランサーへの転身を見据えていたので… で、②については数ヶ月間だけ実際に実践してみました。 これは、通院時のカウンセリングの材料にもなり得ましたし、逆に「毎日」と強制されていれば逆に私はやらなかったでしょう。 しかし色々な方に話を聞くと、毎日この②を実践するように奨める医師も中にはいるそうです。 …個人的には、毎日、良い事、悪い事なんて、そうそう起伏のある日々を過ごしている方の方が稀だと、個人的には思ってしまうのですが… 他にも話を聞いた中では、①に近い話かと思われますが、平日は決まって図書館へ通うなどのトレーニングを経験した方もいるようです。 私の罹患中は、文字がゲシュタルト崩壊を起こしている時期もあったので、なかなか考えられないことでしたが… こうしてみると、これらも共通の回復方法ではなく、個々に異なる場合が多々あると言うことに気づかされます。 要は自分で考えて、自身で思うように行動できれば、かなり回復期も進んでいるとも考えられるのですが。

【精神疾患】処方薬のなくなる怖さ

よく精神疾患の通院時に、どうしても次の予約まで間が空いてしまうため、薬の処方が途切れるような状況が発生してしまうことがあります。 親切なクリニックであれば、緊急的な措置として、電話診療など通院での診察なしに処方箋をいただける場合もあるようですが… こと、抗精神薬についてはその治療の特性から、急に薬が途切れる、断ってしまう状態をよしとしていません。 これらの処方薬は、常備薬のように即効性ではなく、服用を続けることによって、その効果が少しずつあらわれるものも多いからです。 ですので、断薬するときにも、少しずつ服用量を減らし、薬のない体の状態を作っていく必要があるのです。 薬の急な断薬は、状態を悪化させるばかりか、さらに状態の段階を落とし、最悪の状態と思っている以下の状態まで体調を落としてしまうことまであるそうです。 場合によっては、このような状態から更に薬を処方され、過剰摂取して、さらに段階を落とすような負のスパイラルが続いてしまう人もいるようです。 ですから、こと精神疾患に関しては、必ず定期的な通院をして、決められた処方薬を決められた分量だけ飲みきり、日々の生活をしていく必要が、絶対的にあるのです。 上記の通り、規則正しく管理できるのであれば、処方薬がなくなるという焦燥感にかられる事もないですし、少なくともこの部分は悩まずに治療に専念できます。 どれだけ悩まずに治療に専念できるかも、精神疾患では大切なことですので、小さな悩みもひとつひとつ取り除きながら、治療に専念できる環境を作るようにしてください。

【精神疾患】何もできない、したくない…

精神疾患を患うと誰しもが通る道ですが、動きたくないし、ただ何もせずじっとしていたい瞬間があります。 これは人によっては長引くことも少なくありません。 当然ながら、仕事もできず、日々を過ごして行くのだけがやっとの状態。 休職しても、傷病手当は出ますが、これは1年半が限度で、この時間だけでもとに戻れる人はまた限られた人といっても過言ではないでしょう。 就業不能保険などもあるようですが、これも同じく精神疾患の場合は支給期間に限度がある場合がほとんどのようです。 ご家族がいる場合には、収入補償保険もあるようですが、独り身の方は最終的に実家に頼る方も多いようです。 しかしながら、本当に働く意欲が減退してしまった方は長期にわたり、アルバイトでさえ足を延ばせない実情もあるようです。 精神障害者として認定されれば、段階により障害年金の対象となる場合もあるようですが、同時に仮にいざ働ける状態となったときにその間口が一気に狭くなっている現実の壁に突きあたる方もいるそうです。 障害者として雇用されれば、時間的な融通はきくものの、その分の収入は健常だった頃と比べると大きな開きが出てしまうということです。 私のようにフリーランサーで常に副業状態に至ればまだましなものの、企業に再就職してしまうと最低限な生活は送れるのかもしれませんが、まず副業をしようという余裕もあまり考えられないでしょう。 上記、決して私のような転身や生活を奨めるわけではありません。 私だって時に最低限度ギリギリの生活を経験したこともなきにしもあらずです。 しかしながら、昨今での社会の潮流として、企業の副業解禁や、同一労働同一賃金の流れがあるなかで、精神障害者の社会的な向上も少しずつですが見えてきているのではないでしょうか。 未だに精神障害者への偏見や、犯罪的なイメージもまだあるのが事実だと思います。 しかし、前にも述べましたが、犯罪は健常者が起こしているものが遥かに多いという事を忘れないでください。 今年はオリンピックに続きパラリンピックもあるので、障害者にとって、良い社会進出のきっかけが生まれる年になって欲しいと切に願うばかりです。

【精神疾患】メンタルクリニックでの混雑

私が通院していたときの話になりますが、昨今メンタルクリニックや心療内科というのは非常に混雑しています。 例えば予約時間を入れたとしても、そこから1~2時間待つのは当たり前で、混雑がひどいときには、半日くらい待つことも… では、何故メンタルクリニックは待ち時間が長いのか、答えは簡単で、診察にかけるカウンセリングの時間がかかるからです。 普通の内科といえば、問診と言ってもせいぜい5分がよいところ。 (メンタルクリニックにも診察時間が5分くらいのところもあるようですが…) 私の通院していたメンタルクリニックは一人にかける診察時間が大体15~20分くらい。 これを1~2名の医師で日々行っているクリニックでしたので、待つのは当然の環境でした。 (もちろん医師とは別に数名の臨床心理士も常駐していましたが…) 回復期にあるときは特に問題なかったのですが、罹患した当初の通院はどうしてもソワソワした焦燥感にさいなまれながらの通院でしたので、個人的には結構大変でした。 特に処方箋や診断書は医師の診察でないと出せないので、臨床心理士の方々で代わりに…というわけにもいかず。 休職に入って診察日を平日に変えてから、多少は混雑を軽減できる日を選べるようにもなりましたが、連休明けなどはやはり混雑に悩まされたときもありました。 今から思えば、ある意味、混雑が苦にならなくなったことが、回復の一つの兆しではあったのですがね。

【精神疾患】ゲシュタルト崩壊を起こしやすい日本人

ゲシュタルト崩壊とは…あるまとまりのある構造のものが突如としてそのまとまりが失われてしまい、バラバラに切り離されたものとして認識されてしまう現象のことを言います。 自分で書いていて何の事?みたいな感じですが、例として、以下の数行を最初の一文字から順に何分間か凝視し続けてみてください。 仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏仏 …単純な仏(ほとけ)という文字の集合体ですが、ある瞬間、突如としてこの文字を認識できず、カタカナの「イム」と見えてしまった人もいるのでは…これが「ゲシュタルト崩壊」の一例です。 これは漢字やひらがな、カタカナを使う日本人には起こりやすく、アルファベットを使用する欧米の方々には起こりにくいという一説もあり、健常者でも起こりやすい人と、全く感覚として感じられない人に分かれるそうです。 で、私の場合ですが、自身の趣味のひとつに読書があるのですが、精神疾患の罹患時にこれが全くできない時期が一時期ありました。 要するに、本の文字を読んでいくうちに、これが文字と認識できなくなり、ただ何かが羅列しているだけのものと感じてしまうのです。 最大は新聞で、文字がぎっしりと埋め尽くされている紙面を読もうとすると、全く意味をなさない文字の塊となってしまい、読めないのです。 私の場合はこれらは一時的なものでしたが、精神疾患の経験者の方の話を聞くと、少なからず同様の経験をなさった方々もいました。 しかしながら、精神疾患との因果関係は未だにまだ解明されてはいないようです。 やはり、この辺りは個々の感覚にもよるかと思いますが、昨日投稿した、「 デジャヴ(既視感)の感覚 」と共に感じる人は感じますし、感じない人は全く感じないことなのだと思います。

【精神疾患】デジャヴ(既視感)の感覚

まず、デジャヴというのは「既視感」のことで、現実にはじめて見聞き経験したにもかかわらず、過去にそれを経験したように感じることです。 これは、夢や錯覚とは異なり、あくまでその感覚を神経が感じてしまうことと言われています。 よく精神疾患を経験するとこれらの経験をする方が多いとの見解もあるようですが、一般の健常者の方々でも約7割の方が経験しているそうです。 精神疾患を罹患した場合、治療薬による悪夢の症状もあるため、先に述べた夢による錯覚とは混同している可能性もあります。 しかしながら、精神疾患を経験した方の多くはデジャヴを経験した…という話も聞いたこともあるので、これはあながち嘘とは言い切れない側面もあると思います。 人は考えたことを実現しようとします。 その過程で、イメージしたとおり、そのまま寸分の互いなく実現したとします。 実はこれをデジャヴと感じる人も実際にいるそうです。 考えていたイメージが強ければ強いほど、こういったことはあるそうです。 最初にも述べましたが、デジャヴはあくまで神経の感じる感覚だと今は言われていますが、その本質は人の考えるイメージや思考などが根っこにある可能性もあるのではないでしょうか。 また、何かの変化の際にも感じることが多いと言われているデジャヴ、これを読んだあなたも感じたことはありますか?

【精神疾患】介護と介助とプライド

私自身、介護と言えば、自身の祖父母で親の手伝いで関わった程度のものですが、精神疾患の現場でも介護や介助の必要な方という場合があります。 多くの方が介護と言えば、お年寄りの方の介護をイメージすると思います。 この場合、要支援から要介護まで、段階を分けて、受けられるサービスが異なります。 精神疾患の場合は、もし精神障害者と認定されれば、その制度に応じた支援を受けることができますが、中には前述で述べた介護が必要となってくる精神障害者の方も中には存在します。 そしてお年寄りの方の介護と同様なのですが、中には見た目には健常者の方と変わらず、プライドも高いため、こういった国や市町村のサービスを積極的に受けようとせず、遠慮する方も多いそうです。 確かに、ある一定の体調や時間であれば、健常者と同様の生活が送れているのかもしれませんが、いざというときに家族や周囲の人間のことも考えれば、あまり言葉のイメージとして良くないのかもしれませんが、介護や介助の支援サービスは当人が考えているより、メリットがあるものだと私は思いました。 以上、ワークショップで見聞きしたお話となりますが、書き留めておこうと思い、この場に残させていただきました。

【精神疾患】個の社会から見る精神疾患

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現代社会は個の社会と言われています。 かつての日本社会は何でも集団で、型にはめ、個を許さない社会でした。 事実、私の学生時代も、部活動などで上下関係がある程度は厳しく、練習方法も型にはめて行うといった時代でした。 今の社会はというと、個性が大事、重要視される時代へと変わってきています。 一部企業などでは、昔ながらで個性というものをはみ出しもの扱いするようなところもあるようですが、社会に影響をもたらす仕組みやサービスは、今や個から生まれる時代と言っても過言ではないでしょう。 この個の台頭により、変革を続けるなかで、精神疾患というものも増えている現状があります。 医学的な関連性はここでは示せませんが、急に集団的活動がよきとされていた状態から、ある日突然、個性をもって活躍してくださいと言われれば、人間何をしてよいかわからない場合がほとんどでしょう。 社会の潮流が変わるのはわかります。 しかし人間には変化に対応する時間が、人によって様々です。 すぐに対応で来る人間が時代を先取り、適応に時間を要する人間が、悩みに悩んで、鬱や適応障害を発し、精神疾患となってしまう側面が少なからずあると思うのです。 これは私の考えですが、社会の流れに即適応できる人々と、適応に時間のかかる人間にある隔てがあるからだと思います。 極論を言えば、適応できる人間は物事の支配的立場となってしまい、それ以外の人間を従わせようとします。 しかし、被支配的人間は理解に苦しみ、何の説明や助けも受けないまま、時間だけが過ぎていきます。 気づくと、自身はかつてはある集団の一端を担っていたはずなのに、突然孤立無援のはみ出しもの、一匹狼みたいになっているのです。 想像してみてください、もし自身がその立場に置かれたら… 相当にメンタルが強い人は別として、普通の人であれば精神的にある程度のところまで追い詰められてしまうのではないでしょうか。 この事実があることに気づいている人間はどのくらいいるのでしょうか。 恐らく国も気づいていないと思います。 精神障害者の福祉は充実させているのかもしれませんが、正直、精神疾患を出さないための対策は、少なくとも私の目には今は皆無に見えますから。 このような問題に対して、どのような答えが出せるか… もしかしたらそれこそが、社会での個に求められて...

【精神疾患】今年初のセミナー

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標題のとおり、今年はじめての精神疾患関連のセミナーを見学してきました。 私が参加したセミナーは、主にハラスメントから精神疾患へ至ったケースの内容でした。 やはりというか…この時期の特徴として、退職関連でのハラスメントや、退職代行サービスの事例にもいくつか触れられていた講演を聞くことができました。 つまり、退職の相談をきっかけに、引き留めのハラスメントを受けるようになってしまい、精神疾患に至ってしまった結果、退職代行サービスを利用せざるをえない状況が増えてきているとのことでした。 昨日のブログで書いたような出来事がまさに、精神疾患にかかわる状況で起きているのです。 今は当然のようにニュースなどで報道されていることなのかもしれませんが、これは社会問題になり得ることが現在進行形で起きているのでは、という危機感から、2日連続でにたような内容からも、筆をとらせていただきました。 セミナーを聞き終わって、私はなぜ人が人を追い込む形で接しなければならないのか、改めて考えさせられました。 退職を止めたいのであれば、追い込む必要などなく、むしろ円満に話し合うべきことなのではないでしょうか。 追い込んで止めたとして、果たして今までの関係性で仕事ができるのでしょうか。 逆なことばかりしている人間があまりに多いように思います。 そこまで頭が回らず、その場しのぎで人間性を否定するような叱責をする人間ならば、ただの嫌がらせでしょう。 その会社にも、そのような人間にも関わる価値はありません。 一つ私が懸念するのは、このようなケースが増加傾向にあり、今後爆発的に増える可能性があるということです。 だからこそ、先に述べたとおり、社会的な問題として考えておく必要があるとの警鐘の意味も含めて今回は筆を置かせていただきます。

【精神疾患】声を届ける使命と決意

このブログを初めて数ヶ月、精神疾患についてと、私の日常について様々なことを書き記してきましたが、現状の思いとして、社会はまだまだ精神疾患についての対応や理解が少ないと感じています。 これまで、私自身も講演会やワークショップに参加して、インターネットという場で仕事を置いているので、少なからず様々なメディアでの発信もあったのですが、ちょうど年の変わるタイミングですし、これからはこの精神疾患を理解してもらえるよう、自身も含め経験者や罹患者の声を届けるということにベクトルを向けていきたいと思います。 確かに、十数年前に比べれば、この数年で精神疾患というものは多くの方に認知され、治療や仕事での理解も一定は獲ているかもしれません。 しかしながら、どことなく一歩引いた対応や、障害者のような対応をとられている方もしばしばのようです。 もちろん、精神障害者という方は実際にいますし、今年もオリンピックに継ぎ、パラリンピックもあるので、多くの身体障害者の活躍のある年となるでしょう。 精神疾患も障害の一つと言えばそうなのでしょうが、カレラは普通に仕事もしますし、生活もしています。 また、これは精神疾患に限らず障害者の方々全般に言えることかと思いますが、彼らの考え方は独創性に満ち、創造性も一般の健常者を遥かに超えたものを持っているのではないでしょうか。 彼らはいわゆる普通の人生とは異なる経験をしているのであって、その影響もあるのですが、今後は治療薬やAI、サイバネティクスの発展によって彼らは一般の健常者を超えた人間となる時代もすぐそこまで来ています。 人間は元来、障害を持つものを変わり者、異形の者として排除してきた歴史的背景もあります。 ですから一般社会に生きる普通の健常者にはどうしても理解できない部分があるのだと思います。 私は誠に勝手ながら、今の立ち位置を精神疾患の方々と、一般の健常者の中間に位置する存在だと、少なからず思っています。 そしてインターネットという主戦場で仕事を置いているため、この両者の理解を埋めていく役目があるとも、勝手ながら思っています。 これが使命であり、可能な限りこのブログを書いていくことの決意として今回は筆をおかせていただこうと思います。 色々と上から目線での書き方で、かつ拙い文章で申し訳ありませんが、2020年、令和2年となる...